2017年6月8日木曜日

make some noise!!!!



 1か月ほど前、川越にある喫茶店で、その美しい色彩の装丁から

 なんとはなしに手にとった本。


(写真はネットより拝借)

 とても優れた本だと思います、ぜひ一度読んでみてください。


 




 高校に入ったころからテレビを見なくなった。


 ・CMの挟み方が見てる人を小馬鹿にしてると思えることがふえてきたこと、
 
 ・あるある大辞典(ねつ造スクープになる前から僕はこんな検証インチキだって断言してたよ)、

 ・生放送生演奏番組は、自分の好きだったバンドをふくめ、9割くらいのグループが
 弾いてる振り(まぁまぁギター弾けるようになった頃に否応なしに気づく。)


  ぼくはたぶん、嘘に対してかなり不寛容だった。昔はメルヘンボーイだったからより嘘や真実でないものを強く嫌悪してきた。(歳の功で色々と寛容になってきてはいる)

 
 そして、今の時代。

 嘘か本当かも、他人任せにする人がおおいようだ。相変わらず、なのか、ますます、なのか。



 政治(←我々全員でつくるものですよ、国会でやることは印象よりもとても小さな意味なはず)、健康、消費の仕方(どこかの国の貧しい誰かに過酷労働させてできたモノを、安さにとびついて買う日本、、)、戦争、平和、、、、 何もかも。


    オーーーーーイ!!


 
  他人になにかを頼ることは生きて行く上で不可欠だ。


だけど、悪い方向に進んで行くものごとに対して、キモチ悪いと思いながら意見をゆだねてしまって、ただ、傍観しているって悲しいと思う。


そこに横たわっているように思えるのは、「無力感」「タブーな印象」「権力にNoということへの恐怖感」 「Noと言わなければ自分はそんな悪いことにはならないだろう」


それらすべてからくる終着点は、考えることをやめてしまうこと、自分の意志を目の前の大きな悪にもゆだねてしまうこと。

 
しかしまぁ、貧困もなく社会への問題意識も感じず温和な家庭で少年期を過ごした自分がどうしてまぁこうも、と感じるが、やっぱり僕にとっては「これが普通」としか思えないんだな。


 生き方は音楽から学んだと思ってるから、
 
 どうしてもこの、偽りと、その先にある不幸へと向って行く社会に反しても、

 真実へと向っていかざるをえない。


 
 
 
 音を愛する人たちよ、優しさとともに声をあげよう!

  あべさん、いつでも家吞みしにきてください。


  自分への声援もこめて make some noise!!!!